可燃物(小説・米澤穂信)紹介・感想

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前書き

2023年7月に刊行された、米澤穂信氏による、本格ミステリ短編集の紹介です。
本書を知った時点ではまだ文庫版が出ておらず、ハードカバー版か電子書籍でしか購入できませんでした。
Amazonでハードカバー版を購入しようと調べたところ、人気のためか新品はもう残っていませんでした。
一部のマーケットプレイスで出品されていましたが、\4,000~\5,000のプレミア価格が付いていたため購入せず、諦めて文庫版が出るのを待とうと思っていました。

しかし忘れたころに、近所の本屋で何気なく棚を眺めていると、本書が1冊残っているのを見つけました。
色々なタイトルの本が並ぶ中に、一冊だけ『可燃物』と背表紙に書いてあるのを見て、「そりゃ燃えるよな」、とよく分からない納得をしたことを覚えています。
Amazonでは売り切れで見つからない本が、実店舗に残っていたことに多少の興奮を覚え、衝動的に購入してしまいました。
もちろん価格は定価の\1,700+税で購入できました。

紹介(ネタバレ無し)

さて、本書は275ページに短編が5つ収録されており、それぞれ独立した事件の話です。

主人公(探偵役)は、県警捜査第一課の葛(かつら)警部です。
捜査チームを指揮する立場にあり、どんな方針で捜査するかを決め、捜査員が集めた証拠から犯人に迫っていく内容となっています。
地の文は葛の1人称ではなく、3人称視点によって事実を中心に描写されています。
あまり飾り気ない文体で、金属の刃物のように無駄がない印象を受けました。

警察が扱う事件であるため、突飛な事件というものはありません。
しかし、一見よくある事件に見えても、真相はかなり意表を突かれるものとなっています。
ありふれた平凡な証拠から、想像し難い意外な真相に辿り着ける葛警部の鮮やかな推理が見所です。

感想(ネタバレはない)

最初に読み始めたときは、あまりミステリっぽい印象は受けませんでした。
探偵役は県警の刑事で指揮官ポジションですし、捜査手法も我々一般人の想像する範囲のものであり、小説というよりは事件記録を読んでいるようなイメージでした。

しかし、推理パートになるとやはりこれは探偵によるミステリ作品であることを思い出させられました。
実際の警察がどのような捜査を行っているかはわかりませんが、少なくとも、個人の閃きや直感に頼っているわけではなく、人海戦術により集めた客観的な証拠によって科学的な捜査を行い、システマチックに犯人逮捕に繋げているのだ想像します。
本作品も、そのイメージ通りの捜査を行っており、ミステリ特有の探偵の天才的な閃きが差し挟まる部分はありませんでした。
(作中では葛自身が、自らの予断や想像を徹底的に排して、証拠に基づいて捜査を進めています)

しかし、本作でひときわ異彩を放つのは、集まった証拠が導くありふれた結論ではなく、そこから思いもよらない結論を導き出す葛警部の推理にあると言えます。
作中でも、葛警部の上司にあたる小田指導官が、その点について指摘しています。

お前の捜査手法は独特だ。どこまでもスタンダードに情報を集めながら、最後の一歩を一人で飛び越える。その手法はおそらく、学んで学び取れるものじゃない。
米澤穂信『可燃物』文藝春秋、2023年、200頁

集まった情報と証拠から地続きの堅実な結論に行きつくのではなく、そこからは想像できないような発想に行きつきます。
その思考の過程は描写されているわけではないので、読んでいるこちらには凄さが伝わりにくいと思います。
しかし上で引用したように、犯人へ至る最後の飛躍とでも言う部分は、ミステリで探偵役が見せる天才的な部分だと感じます。

読み終えてみると、本作は警察による地味な推理モノという皮を被っていますが、中身は天才的な探偵による推理モノであると感じました。
思い返してみれば、捜査線上で段々と容疑者が増えていくのではなく、最初から容疑者たちが全員開示されています。
この形式は、犯人はこの中に居るというミステリの作法による問題提示です。

葛は人当たりが良いわけではないので、部下に対しても厳しく接する場面は多々あります。
しかし、帯にも書いてあるように『彼らは葛を良い上司だとは思っていないが、葛の捜査能力を疑う者は、一人もいない。』という一文は、仕事人の鬼のような格好良さがあって魅力的です。
そんな葛警部の活躍が気になる方は、本書をぜひ読んでいただければと思います。

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